好きなものをちゃんと愛するブログ

25歳男。エンジニアとして再就職。自分が機嫌良く生きていくことがテーマ。

「努力が足りない」は思考停止した人の言葉

人の失敗や結果が出なかったことに対して「取り組みが良くない」「努力が足りない」の一言で片付ける人とは付き合っていきたくないです。



なぜならドMの世界に引きずり込まれるから。


そういう人はただ、ひたすら愚直に頑張れば、努力すれば物事はいい方向に向かうと思ってるし。それをしない人間は糞だ、くらいに思ってる可能性が高いです。
完全に思考停止。



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◆努力至上主義は死のスパイラルを生み出す◆

そういう人たちは自分を厳しく律して、苦しみに耐えて努力することが人生を切り拓く唯一の道だと信じて疑わないので。
自分にも厳しい反面、なんの関係もない他人にもストイックに生きることを求めます。


「みんな大変なんだから」「あいつは努力してる」「俺はここまでやってきた」「そんなんじゃ甘い」「そんなの言い訳だ」

みたいな言葉が好きです。


仕事だと長時間残業と責任のある仕事を任せられることが大好き。


彼らは


貧乏→努力が足りない
仕事でミスをした→努力が足りない
遅刻した→努力が足りない
恋人がいない→努力が足りない
マイペース→努力が足りない
低学歴→努力が足りない
部屋が汚い→努力が足りない
太ってるorガリガリ→努力が足りない


まさにワンストップソリューション。
理想的でない現実はとりあえず努力が足りないのです(˙-˙)
単純明快



◆問題解決の方法が「努力する」だけになると危険◆


別に彼らがそんなドMの世界で生きていきたいのなら人の人生なのでそれはそれでいいと思います。
ただ、僕は極力関わりたくはないです。

僕が大抵の問題は筋トレで解決すると思っているのと同じように、すべての問題は努力で解決できるらしいのです。



ただ、これには物凄い弊害があると思うのです。

①より簡単な選択肢を選べなくなる

問題解決の手法が努力だけになると、他の解決方法を探す意識がなくなります。
例えばですが、今だとほとんどの事務仕事がITで自動化できたりします。
にも関わらず、手作業で死ぬほど働かせるようなもんです。
楽=悪なので、便利なツールを使うなんてとんでもない。
俺らの時代はもっと過酷だった、
東京から大阪まで新幹線使わず歩いて行け、的な。

②自己鍛錬が人生の目的じゃない人と価値が合わなくなる

彼らにとっては信じられないのかも知れませんが、人類みんなが自分を高めること、成長することに重きを置いて生きてるわけではありません。


なるべく楽に生活したい、楽しいことに時間を使いたいと思ってる僕みたいな人もいるはずですから。
お互いにウマがあうはずもありません。


干渉しないか、逃げるのが一番

別にそのような生き方してる人が嫌いとかではありません。
ストイックな人生を送れるのはある意味かっこいいと思います。
ただ、それを他人に押し付けようとしてきたときにはその人を敵だと認識します。

自分に厳しくするのは結構だけど、人にも同じものを求めないでね。と。

そこをわきまえてる人に関しては何も不快感を覚えませんが。
歳上なだけで限度を越えた命令をしてくるとか、仕事だからと職務を越えたコミットを求めてくるような人は、無視するか、その場から逃げましょう。




それが自分を守るということですよ。